昔の美女を集めてみた

幕末・明治期にはモノクロ写真の技術が日本にも伝来するようになり、昔の日本の姿や美女の風貌を伝える貴重な資料となっています。
サムネ

OLD JAPAN (古き良き日本)

いつの時代にも、人々を魅了する美女達が居ました。

そういった美女達は絵画や口伝によって現代にまで伝えられています。特に幕末・明治期にはモノクロ写真の技術が日本にも伝来するようになり、昔の日本の姿や美女の風貌を伝える貴重な資料となっています。

昔の日本

幕末・明治期の美女

幕末・明治期はモノクロ写真の普及により、よりリアルな美女の風貌を現代の私たちも見ることができます。といっても当時の写真撮影は高価であり、また本当に鮮明にに自分の姿が映ってしまうことから「魂を取られてしまう」という噂すら出回ったほどです。

そのため、裕福層や大名・幕末志士、政府高官やその妻、町の遊女など、特定の階級の人々の写真が多い印象を受けます。これから紹介する美女も、そういった階級の人々が主になります。

陸奥亮子 (1856年-1900年)

陸奥亮子

幕末・明治期の美女といったらこの陸奥亮子が有名だと思います。陸奥亮子は安政3年~明治33年を生きた人物で、紀州藩藩士で明治政府高官である陸奥宗光の妻です。その美しさから、「ワシントン社交界の華」「駐米日本公使館の華」とも呼ばれていました。西洋ドレスを着飾り、華やかな社交界で輝きを放っていた姿が目に浮かびますよね。

斎藤きち (1841年-1890年)

斎藤きち

斎藤きちは天保12年~明治23年を生きた人物で、伊豆下田の芸者です。「唐人お吉」という名で知られており、下田一の人気芸者と持て囃(はや)されていました。キリリと鋭い眼光が魅力的ですね。その美貌とは対照的に、晩年は物乞いをするなど不遇だったようです。

日本美女

昔の美女

どなたか分からないのですが、和服の似合う日本美女です。目鼻立ちがはっきりしていて化粧も少なく、すっぴんがとても美しい方ですね。

遊女・芸者その1

美女の芸者として結構取り上げられている気がします。こんな美しい芸者さんが酒席のおもてなしをしてくれるのなら、現代に居たとしても喜んで行ってみたいですよね!

遊女・芸者その2

この方も芸者さんでしょうか。小柄ですがとても美しいです。

茶娘

町の茶娘でしょうか。現代の茶娘姿とあまり変わらないですね。

やっぱり昔の写真は風情がありますね! 鎖国が長い間続いていたこともあって、日本独自の美意識・文化が発展していったことが改めて分かります。こういった貴重な写真が現代まで遺っていることに、とても感激します。美女を集めてみたつもりですが、写真を通して、伝統的な服装や和文化も同時に伝わってきました。