統治情報
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方面軍制度の導入

事業規模の拡大に伴い、当社では方面軍制度を導入しています。各地に営業所を設けて地方攻略を並行して行うことで、天下統一事業の迅速化を図っております。

方面軍 軍団長(営業所長)
中部方面 織田信忠
近畿方面 明智光秀
北陸方面 柴田勝家
中国方面 羽柴秀吉
関東方面 滝川一益
四国方面 織田信孝
与力(大名)

方面軍制度では、指名した軍団長(営業所長)の下に与力(大名)をつけるという形をとっています。与力は軍団長を補佐すると共に、軍団長を監視する監査員としての役割も担っています。

現在の版図

皆さまのご愛顧もあり、天文20年(1551年)の創業以来、当社は版図を拡大し続けております。

天正10年(1582年5月)現在の版図

版図

気になる中国方面におきましては、羽柴秀吉が毛利方の備中高松城を水攻め中です。毛利攻めの仕上げとしましては、信長会長自らの御出馬を準備中にございます。それに先だって、近く明智光秀の軍勢を援軍に向かわせる予定です。

北陸方面におきましては、柴田勝家が上杉方の越中魚津城を攻略中です。魚津城への上杉軍の援軍をけん制するために、信濃より森長可が上杉本国である越後に侵攻中です。

このたび、四国方面の方針転換により、長宗我部家を攻略することを決定致しました。織田信孝、丹羽長秀以下、堺にて軍勢を編成中です。

領民の皆さまが安心して暮らせるよう、一刻も早く、天下統一事業の全国展開を進めていきたいと思います。