2014年 大河ドラマ 軍師官兵衛
2014年 大河ドラマ 官兵衛

2014年の大河ドラマ「軍師官兵衛」がついに始まりましたね。歴史好きにとっては名の知れた存在の黒田官兵衛ですが、一般の認知度は低いのが現状ではないでしょうか。
本ページでは「軍師官兵衛」の見どころ・注目ポイントについて、分かりやすく紹介していきたいと思います。

軍師とは?

軍師とは、合戦における陣立てや策戦を大将や主に助言する「軍事参謀」的な立場の者を指します。有名な軍師と呼ばれる人には、中国三国志における「諸葛孔明」や、2007年に放映された大河トラマ「風林火山」の主人公である「山本勘助」が挙げられます。

この「軍師」という呼び名が定着したのは実は江戸時代からであり、実際に戦国期に軍師という呼ばれ方をしていたかは分かりません。そういった経緯もあり、私自身も「軍師」より「軍事参謀」という言葉を選んで使っていたりします。

さて、この軍師の役割ですが、合戦における陣立てや策戦以外にも、一風変わったことを行っていました。それは、占いや祈祷(きとう)、天候を予測することによって合戦の日取りを決めたり、また自軍の進軍ルートを決めたりもしてたということです。「占いや祈祷」というと、現代人は笑ってしまうかもしれませんが、科学技術の発達していなかった当時はまだ神仏への信仰が強く、大真面目に占いや祈祷を行っていました。

戦国三大軍師

戦国三大軍師といえば、幾人か名前が挙がるかと思いますが、よく名前に挙げられるのが、武田信玄の軍師:山本勘助(晴幸)、羽柴秀吉の軍師:竹中半兵衛(重治)黒田官兵衛(孝高)ではないでしょうか。

官兵衛って誰?

黒田官兵衛(孝高)は、播磨国(兵庫県)に生まれた戦国武将です。織田信長の命令を受けて播磨国に入った羽柴秀吉と運命的な出会いをし、以後、秀吉の軍師として重用されることとなります。すでに秀吉の軍師として手腕を発揮していた竹中半兵衛と一緒に「両兵衛(ニ兵衛)」とも呼ばれたりします。

黒田官兵衛は非常に頭の切れる人物で、竹中半兵衛もその実力を高く評価していました。合戦における陣立てや策戦はもとより、敵陣に単身乗り込んで交渉を行う大胆な一面もありました。その大胆さが災いして、荒木村重の有岡城に1年間幽閉されてしまいます。のちに助け出されたときには、膝がくの字に曲がって歩行困難になってしまったといわれています。初回大河ドラマの冒頭で、小田原攻めのシーンがありましたが、足を引きずっていたのはこのためだと思われます。このときは豊臣方の交渉役として、小田原城を無血開城させる功績を立てています。