羽柴秀吉 ~戦国武将に学ぶ、デキる男の仕事術
デキる男の仕事術

現代人も「なるほど」と頷く戦国時代に生きた武将たちの仕事術について、紹介していきたいと思います。

今回スポットを当てるのは皆さんご存知の出世頭、羽柴秀吉です。秀吉は尾張中村の百姓から天下人(関白)まで登り詰めた、まさにデキる男の鏡のような人物です。特に彼が天下を獲るまでの間には数々の輝かしいエピソードがあります。現代人も納得のノウハウをいくつか紹介していきたいと思います。


仕事はチームで競わせる

ある日、秀吉は信長に倒壊してしまった城の普請(修理工事)を任されます。秀吉は修理スピートの向上と部下の意欲向上のために一計を案じます。修理個所を細かく区分けし、その区分けごとに少数のチームを編成させ、一番早く作業が完了したチームには褒美を与えるとしたのです。これを聞いて部下たちは褒美のためにお互い競い合って、見事短期間で城普請を完了させました。

城普請

一夜で城を築く

信長がまだ尾張一国を領する小大名で、美濃の斎藤家を攻めている最中での出来事。前当主義龍亡き後、暗愚な当主龍興の下で有能な家臣が結束しており、斎藤攻めは依然としてこう着状態でした。信長はこれを打開するために、美濃国に深く入り込んだ地点にある三角州「墨俣」に城を築城するように命じます。
ところがこの墨俣という土地は最前線重要地点であり、斎藤氏側も必死で妨害の兵を毎日のように繰り出しました。そのため、佐久間信盛や柴田勝家といった織田家の重臣もことごとく築城に失敗する有様でした。
そこで信長は美濃川並衆(河川大工集団)ともつながりのある秀吉を抜擢します。そして秀吉はこの難題を美濃川並衆棟梁である蜂須賀(小六)正勝とともに見事にクリアします。

墨俣一夜城

「極めて短期間で城を築城するには?」どうしたらよいのか。秀吉はある解決策を見出します。
それは現地で一から作業を始めるのではなく、あらかじめ城のパーツを作っておき、川の水流を利用して上流からそのパーツをイカダで運搬するという方法でした。こうして極めて短期間(数日~数週間)で城を築城することに成功し、後にその奇策が称されて「一夜城」と呼ばれるようになりました。また、この墨俣築城と同様の工法で、伏屋城も築城されたといわれています。


米を買い占めて、米の値段を釣り上げる

秀吉が中国戦線で毛利氏と対峙していたときのお話。因幡の鳥取城を兵糧攻めにする際、秀吉は商人を派遣して周辺地域の大規模な米の買占めを行います。これによって米の価格が急騰しました。お金に目がくらんだ鳥取城内の武将は、籠城用の大切な備蓄米をお金に換金してしまいます。そして備蓄米の枯渇した鳥取城を籠城包囲し、見事落城させることに成功しました。

羽柴秀吉

羽柴秀吉

以上、現代人も「なるほど」と頷く、知恵者秀吉のエピソードをいくつか紹介させていただきました。今も昔も関係なく、知恵者と呼ばれる者の発想はおもしろいですね。

ご清覧、ありがとうございました。