前田利益(まえだ とします)
前田利益
前田利益 (1533~1605)

こんな人!

爽快な傾奇者。「前田慶次」という名前で有名である。いろいろな媒体で彼の姿が描かれており、前田慶次という男の人物像が一人歩きしている感が否めないが、彼のことを知るにつれ、その傾奇者たるゆえんが段々分かってくる気がする。戦場に生きた武将で、自身は人の上に立ったり、組織に依存することを嫌っていたように感じる。命懸けの戦国時代において、周りを楽しませる数少ないエンターテイナーでもある。

当然その傾いた逸話は豊富にあり、私を含め現代に生きる人々をも魅了してくれる。ただの変わり者とは違い、高い教養や分別も兼ね備えた人物である。会えることなら、一度お会いしてみたい人でもある。

呼び名など

  • 前田慶次郎
  • 前田慶次

性格など

  • 傾奇者(かぶきもの)の名に恥じない、傾いたエピソード満載の人物である。とにかく歪んで(変わって)いる。
  • 人をおちょくったような行動が多く、現代で言えばDQNと言われてもおかしくない。前田慶次にツイッターでもやらせようものならば、さぞ傾いた画像投稿をしてくれることだろう。
  • 当時、傾奇者と呼ばれる人物には織田信長や叔父の前田利家などが居たが、彼らは国を束ねる者として次第にその傾奇者たる行動を丸くしていったのに対し、前田慶次は最期まで傾奇者を貫いた。だからこそ、最期まで人の上に立つことが出来なかったわけだが。性格的にそういうことが出来そうにない人物でもある。
  • 組織に馴染めない、一匹狼タイプである。が、エンターテイメント性は高く、決して人好き合いが苦手なのではなく、単純に「組織」というものが生き方や性に合わなかったのであろう。
  • 教養が高く、連歌の会などに度々出席している。また、「前田慶次道中日記」なる日記帳も遺している。

おもしろエピソード

態度の悪い店主を一喝

破天荒な前田慶次には、数々の傾いた話(エピソード)があります。今回はその一部を紹介します。

ある日、前田慶次が商店を通りかかると、太った店の主が自分の片脚を投げ出しながら商売を行っていました。その態度にイラっとしたのか、前田慶次は「この脚も売り物か?」と店主に問いただします。店主は冗談じみながら「ああ、でも高いぜ?」と答ると、前田慶次は「よし、買った!」と言って、店主の脚を切り落とそうと脚を掴みました。

これに慌てた店主は暴れまわったが、力の強い前田慶次も一向に引かない。町中が大騒ぎになって、ようやく事態が収拾しました。その後、この町では商人が店先で往来者に対し、脚を投げ出すという行為が禁止となったといいます。

茶屋

権力者をも恐れない行動

前田慶次は、当時の主君である前田利家はおろか、時の権力者であった豊臣秀吉の面前ですら、その傾いた態度を変えなかったといいます。

前田慶次の主君であり、叔父でもある前田利家との間には、痛快な逸話がありますね。日頃の労をねぎらって利家を自宅に招いた慶次は、「風呂が沸いているからどうですか?」と勧めます。ところがこの風呂は水風呂で、慶次は主君の利家を水風呂に叩き込むという奇行を行います。そうして、慶次は颯爽と前田家を出奔してしまいます。有名な話なので、皆さんも聞いたことがあるかもしれませんね。

また、皆が震え縮こまる時の権力者 豊臣秀吉の面前では、真横に束ねて結った髷(まげ)姿で登場しています。そして皆が秀吉に平伏するなか、自分は首を真横に曲げる格好をします。首は横に曲がっているが、ちょんまげは秀吉から見てまっすぐに立っているというフザけっぷり。

秀吉も冗談が分からない人間ではないので、その場は笑いに包まれたが、一歩間違えれば前田慶次の首が飛んでいたかもしれない。晩年の秀吉には、皆が恐れるような狂気を含む面もあったためである。

前田慶次という男は、本当に人を食ったような行動が好きな傾奇者である。ただ、最後に仕えることになる上杉景勝に対しては最大限の敬意を示しており、景勝の面前でフザけるといった行動はできなかったといいます。「義」を掲げる上杉景勝に、心底惚れ込んでいたようです。

和室

天下の大ふへん者

前田慶次は戦好きで、戦場に身を置くことを何よりの生きがいに感じていました。当然その格好も派手で、戦場ではよく目立っていました。最後に、戦場に生きた、前田慶次という漢の美学が表れているような逸話をひとつ、紹介したいと思います。

前田慶次が上杉家に仕えるようになった頃、彼は「大ふへん者」という旗指物をさしていました。これを「大武辺者」と読んだ上杉家の家臣達は、「自分のことを大武辺者と呼ぶのは、いささか調子に乗り過ぎでは?」と言い放ちます。すると慶次は、「おれには妻子も居らず、独り身で常々不便に感じている。だから大不便者なのだ」と言って大笑いしました。何とフザけた男であろうか。

しかし、ひとたび戦場に赴けば、敵陣に大暴れして突入する。まさに「大武辺者」の如き活躍ぶりを見せる。普段はお調子者を演じていても、戦場では命を懸けて一心不乱に戦う。こういった行動に、彼の生き方や一種の美学のようなものを感じてならない。