思ってること
子供の好奇心に勝るものはない

人間は年齢を重ねるごとに、生きることの辛さや世界のどこかで日々発生している無常ともいえる悲しみに絶望し、その度に現実という世界を知って心を荒(すさ)ませていく。

それは、現実社会の厳しさであったり、働くことが想像以上に辛いことであると知ることや、不慮の事故であったり、運命のイタズラとも言える出来事であったり・・・。内戦や争いによって家族を失うという不幸に巻き込まれた人たちも居る。

昔に比べれば科学技術や医療技術の発達した現代社会は随分と生きやすい世の中であるが、インターネットや情報メディアの普及によって他人と自分との距離が近くなり、より多くの人間を知ることができるようになった分、何かと人と比較して隣の芝の青さに意気消沈したり、芸能人やアイドル、より魅力的な人間に憧れることで身の回りや足元を見失いがちになったり。ちょっと話がズレてきたが、インプットの多い情報社会も、悩みが増えて問題もあるなぁ。まぁ、便利だから全然いいんですけど。

デスク

人間は、物事や現実世界を知ることで、童心の頃に描いた純粋な心を汚され続けながら大人になっていく。

・・・と、重たい話題になってしまったのだが、童心の頃というのは皆、汚れを知らない澄んだ心を持っているものです。

超人を目指せ

100年以上も前の哲学者 ニーチェ(1844~1900)も、「超人を目指せ」と言っている。

ニーチェ

人間は大人になって現実を知ることで心が荒廃し、大人になるにつれて純粋な心が失われていく。生きることが無意味であるという現実にも直面する。それでも、その現実すべてを受け入れて笑ってその絶望を楽しもう、それでも、童心のような純粋な目を持ってその現実を受け止めよう、それでも、無意味な世界に目的を与えられるのではなく、自ら生きる目的を生み出していこうと提唱している。この現実社会の不条理を肯定することが、超人を目指すということである。 (ツァラトゥストラはかく語りき)

ネガティブ思考の私は、ニヒリズムに食い殺されそうになったことがある。

ニヒリズムとは、生きることが無意味であるという現実、永遠なるものは存在しえないという現実に直面したとき、それに絶望し、「どうせ最後には何もなくなってしまうのだから、頑張って生きても無意味だ。」という結論を見出すことをいいます。 (弱さのニヒリズム)

仕事や将来のことで心身疲れ切っていたことが原因なんですが、その時は結構思い詰めていて、「生きること」について本当の意味で真正面から向かい合ったのを覚えています。

子供の好奇心や無邪気さは 無敵

大人になって精神や心が発達すると、物事をやる前から熟慮したり、過去の失敗から行動にブレーキを掛けたり、いろいろと行動に制限が出てしまいます。

子供

その点、子供は経験や失敗、現実を知らない分、無鉄砲な行動力を見せてくれます。好奇心から一つのことを何時間も黙々と続けたり、誰とでも無邪気に接したり。

純粋な分、言葉をオブラートに包むことを知らないので、言動が直球になってしまい、時に相手を傷つけてしまうこともありますが。

子供の好奇心や無邪気さは無敵だよなぁ。ブレーキが全くないんだもの(笑)。

これを大人でも発揮できるようになると強いんだろうなぁ。現実知っても、それでも行動力や推進力を失わない童心のような心、超人のような心を持てるようになりたいものです。

子供を持たれている親御さんは、子供の頃にしか発揮できない超純粋な心を育てて伸ばしてあげることで、将来、よりキャラクター(個性)やユニーク(固有性を持った)の強い大人に成長するかもしれません。

子供の好奇心に勝るものはない!